作品概要
『メイソン&ディクソン(Mason & Dixon)』は、アメリカの作家トマス・ピンチョンが1997年に発表した歴史小説です。天文学者チャールズ・メイソンと測量師ジェレマイア・ディクソンによる実在の「メイソン=ディクソン線」の測量を題材にしています。ピンチョン特有の実験的でポストモダン的な文体を駆使しながら、植民地時代のアメリカ、科学と宗教の対立、人種や権力の問題を重層的に描き出した大作です。
あらすじ詳細
18世紀後半、イギリスからアメリカに派遣された二人の測量士メイソンとディクソンは、ペンシルベニア州とメリーランド州の境界線を定める任務を与えられます。この「メイソン=ディクソン線」は後に奴隷制をめぐる南北の境界線として象徴的な意味を持つことになります。
物語は境界線測量の過程を中心に展開しますが、そこには植民地社会の複雑な人間関係、先住民との交流や衝突、科学的探究の裏にある迷信や宗教観が織り込まれています。ピンチョンは史実に基づきながらも大胆なフィクションを加え、ユーモアと哲学的考察を交錯させた物語を構築しています。
主な登場人物
- チャールズ・メイソン(Charles Mason):イギリスの天文学者。理知的で科学を信じるが、妻を失った悲しみを抱えた人物。
- ジェレマイア・ディクソン(Jeremiah Dixon):測量師であり、陽気で人間味あふれる性格。メイソンと対照的に描かれる。
- 語り手(レヴァレンス・チェヴィリー):本作の物語を回想的に語る牧師で、ユーモラスかつ風刺的な語り口が物語に独特のリズムを与える。
- 先住民や奴隷たち:境界線測量の過程で出会う人々。彼らの存在を通して、自由・支配・人種差別といったテーマが浮かび上がる。
現代的意義
『メイソン&ディクソン』は、境界線というテーマを通じて「人間はなぜ分け隔てを作るのか」という普遍的な問いを投げかけます。科学と宗教の対立、ヨーロッパからアメリカへの支配の拡大、そして奴隷制や人種差別の構造が、18世紀の物語を通して現代に重ね合わされます。ポストモダン文学の代表作として、歴史の再解釈や物語の多層性を考える上でも重要な作品です。
教育や研究での扱われ方
この作品は長大かつ難解な文体で知られており、一般的な課題図書というよりは大学や大学院のアメリカ文学研究で取り上げられることが多いです。ポストモダン文学や歴史小説研究の文脈で引用され、ピンチョンの他の代表作『重力の虹』や『V.』と並び、20世紀後半のアメリカ文学を語る上で欠かせない作品とされています。
まとめ
トマス・ピンチョンの『メイソン&ディクソン』は、史実を土台にしながらもフィクションとユーモアを大胆に織り交ぜたポストモダン小説の代表作です。境界線という具体的なテーマを通じて、植民地支配、科学と信仰の葛藤、人種差別の歴史といった普遍的な問題を描き出しています。難解でありながらも、アメリカ文学や思想史を深く理解する上で避けて通れない一冊です。

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