ユージン・オニール『楡の木陰の欲望』― アメリカ演劇を変えた“原罪と情念”の物語

ユージン・オニールの代表作『楡の木陰の欲望(Desire Under the Elms)』(1924年初演)は、アメリカ近代演劇の金字塔として知られています。古代ギリシャ悲劇の構造を借りながら、ニューイングランドの農場を舞台に“欲望・罪・家族の呪縛”という重厚なテーマを描き出した作品です。

目次

あらすじ(物語の概要)

舞台は1850年代のニューイングランド。
年老いた農夫イフラム・カボットは、強欲で支配的な男。彼の三人の息子たちは、父に反発しつつも土地への執着から離れられずにいます。長男と次男は家を出て行き、末の息子エベンだけが残ります。

やがてイフラムは新しい妻アビーを迎え入れます。アビーはイフラムの土地を自分のものにしようとする一方で、義理の息子エベンと激しい恋に落ちてしまいます。二人の禁断の関係はやがて悲劇へと突き進み、アビーはエベンとの愛の証として生まれた赤ん坊を自らの手で殺してしまいます。
最後に二人は罪を認め、共に捕らえられることで物語は幕を閉じます。

登場人物解説

  • イフラム・カボット(Ephraim Cabot)
     土地に取り憑かれた頑固な老農夫。宗教的な厳格さの裏に、権力と所有への執念がある。
  • エベン・カボット(Eben Cabot)
     父への憎悪と母への思慕を抱く若者。父の再婚相手アビーに惹かれ、禁断の愛に溺れていく。
  • アビー・プットナム(Abbie Putnam)
     若く美しい継母。土地を得るためにイフラムと結婚するが、次第に真実の愛と罪のはざまで苦しむ。

作品のテーマと象徴

『楡の木陰の欲望』は、“罪と救済”“欲望と土地”“父権と反抗”といった普遍的なテーマを扱っています。
作品タイトルにある“楡の木(Elms)”は、母性的で抑圧的な自然の象徴とされ、登場人物たちの運命を見下ろす存在として描かれています。

また、オニールはこの作品で古代ギリシャ悲劇のエディプス的要素をアメリカの農村社会に重ね、「アメリカ的宿命悲劇」を創出しました。

文化史的背景と現代的意義

1920年代のアメリカは、産業化と都市化が進む中で、伝統的な家族観や宗教観が揺らぎ始めた時代でした。オニールはその変化を、農村に根づく家父長制と個人の欲望の衝突として描き出しています。

この作品は、ブロードウェイで大成功を収め、アメリカ演劇を商業的メロドラマから芸術的表現へと進化させる契機となりました。後のアーサー・ミラーやテネシー・ウィリアムズらに多大な影響を与えたことでも知られています。

現代でも、『楡の木陰の欲望』は映画化・舞台化が繰り返され、人間の根源的な情念と罪の意識を描いた普遍的な悲劇として評価されています。

まとめ

ユージン・オニールの『楡の木陰の欲望』は、
「家族」「欲望」「罪」「救済」といったテーマを通して、
アメリカ人の精神の奥底をえぐり出した傑作です。

オニールはこの作品によって、アメリカ演劇を単なる娯楽から「文学」としての領域へ押し上げました。
今なおこの作品は、私たちに「人はどこまで欲望と罪を背負って生きられるのか」という根源的な問いを突きつけています。

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