英語が生まれたばかりの中世イギリスでは、戦いや信仰をテーマにした物語が語られていました。本記事では『ベオウルフ』から『カンタベリー物語』まで、イギリス文学のはじまりをわかりやすく解説します。
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英語の誕生と物語のはじまり
私たちが今使っている「英語」は、もともと古代ヨーロッパのゲルマン系民族が話していた言葉がルーツです。 5世紀ごろ、アングロ・サクソン人がブリテン島に移住し、古英語(Old English)が生まれました。 このころの物語は、英雄の戦いや信仰をテーマにしたものが中心でした。 文字よりも「語り」で伝えられる口承文学が主流で、村や王の館で吟遊詩人が人々に物語を語り聞かせていたのです。
勇者ベオウルフの物語
最初期の代表作が『ベオウルフ』です。 これは北欧の英雄ベオウルフが怪物グレンデルと戦い、王国を守るという壮大な叙事詩。 戦い・勇気・名誉といったテーマが描かれ、当時の人々の価値観がよく表れています。 英語としてはまだ古く、現代人にはほとんど読めませんが、「勇者の生き方」を通じて人間の理想像が語られていました。
信仰と騎士の時代
11世紀にノルマン人がイングランドを征服すると、フランス語とラテン語の文化が入り込み、英語は大きく変化します。 この時代、ヨーロッパ全体でキリスト教が生活の中心となり、「神への信仰」「正義の騎士」「聖なる旅」といったテーマの物語が人気を集めました。 伝説の「アーサー王物語」や「聖杯探求」の物語などが、この時期に広まりました。 これらは英雄譚であると同時に、「善と悪」「忠誠と裏切り」といった普遍的なテーマを描いています。
庶民が語る『カンタベリー物語』
14世紀になると、社会の中心にいたのはもはや王や騎士だけではなく、町で働く庶民たちでした。 この時代を象徴するのが、ジェフリー・チョーサーの『カンタベリー物語』です。 聖地カンタベリーへ向かう巡礼者たちが、それぞれ自分の物語を語るという構成で、登場人物は商人、尼僧、職人など実に多彩。 恋の話、笑い話、皮肉たっぷりの話まで登場し、当時の人々の生活や考え方をリアルに映し出しています。 まさに「英語で書かれた最初の人間ドラマ」といえる作品です。
文字が人々のものになる時代へ
15世紀にはグーテンベルクの印刷術が広まり、本は一部の特権階級だけでなく、多くの人に届くようになります。 こうして物語は「語られるもの」から「読まれるもの」へと変化していきました。 中世の文学は、のちのシェイクスピアやディケンズへと続く「人間を描く物語」の出発点です。 英語がまだ不安定だったこの時代こそ、後の文学の芽が育ち始めた時期といえるでしょう。
まとめ:中世文学が教えてくれること
中世のイギリス文学は、英雄の勇気、信仰の強さ、そして庶民の知恵とユーモアを描いたものです。 「英語が生まれた時代の人々は、何を信じ、どう生きたのか」。 その問いを知ることは、今を生きる私たちが「物語の力」を思い出すことでもあります。
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